奉安庫 houanko
屋代小学校校庭南側に町道(深沼船橋線)までのお堀があり川魚や水中生物が多く菱の実も浮いていた。その校庭南端中央の清浄な地とさだめて数尺の土盛りをし、御真影奉安庫(ごしんえいほうあんこ)は、大正6年(1917)に新築されたもので、児童として謹んで襟を正し常に崇敬の心情をもって先ず登校一番御前に額ずく事とした。どのようなものが納められていたか、現在の地(小学校北側梨園内)に何年頃に移設されたかについては記録はない。
屋代小学校校庭南側に町道(深沼船橋線)までのお堀があり川魚や水中生物が多く菱の実も浮いていた。その校庭南端中央の清浄な地とさだめて数尺の土盛りをし、御真影奉安庫(ごしんえいほうあんこ)は、大正6年(1917)に新築されたもので、児童として謹んで襟を正し常に崇敬の心情をもって先ず登校一番御前に額ずく事とした。どのようなものが納められていたか、現在の地(小学校北側梨園内)に何年頃に移設されたかについては記録はない。